第1章    武道とは?    ~武道技法(護身技法)に見られる精神


3. 武道技法(護身技法)に見られる精神

-護身技法の定義-

本来、護身としての武道技法は「敵の計画的奇襲」から「無防備な状況にいる己の身」を有利な状況へと転換させるための技法であった。当然のことながら計画的奇襲は狙われる者よりも奇襲を計画する者の方が、常に有利な状況にいる。

したがって、護身技法では、不利となる自らを①無手(武器を用いないこと)、あるいは携帯可能な簡易的武器(日常的なもので例えば傘やペンなど)を用いた状況と想定し、次に有利となる相手を②大きな相手、③力の強い相手、④複数の相手、⑤武装(短刀、棍棒などを携帯)した相手として想定した。

また、「来るべき敵」に対し、常に「己の術」が長けていなければならないため、その技法は多く⑥門外不出(機密)の傾向にあった。

そして、護身の目的が敵を倒すことよりも自らの身体を守ることにあったことから、至極当然ではあるが、護身技法は己の身を危険にさらす時間が⑦極力短い時間で、同時に⑧効果性をもって成果を得る技法でなければならなかった。

現在、無手(徒手空拳)を以って戦う技法は、おおよそ、蹴る、突く、打つ、投げる、倒す、固める、絞める、挫く、等であるが、これらは、狙われた者が戦闘を意識した時点から始まる互いの位置関係、つまり相手と自分の間合(距離と角度)で使い分けられるものだった。

すなわち、極論ではあるが離れていれば打撃技=剛法(蹴る、突く、打つ)が有効であり、密着していれば組み技=柔法(投げる、倒す、絞める、極める)が有効であるということであった。

遠(間合)←蹴り 突き 叩き 投げ 倒し 固め 絞め 極め →近(間合)
 (打撃)          (組技) 
  立技           寝技  

いずれにせよ、これら技法は先にも述べたように短時間に敵を撃退することを理想とし、己の身の安全を即座に確保し得るものでなければならなかったわけであるが、現在の競技格闘技などで見られる1人の相手に勝つ技法とは異なり複数の敵に対して自己防衛(危急に際して自己防衛の範囲にて進んで相手を撃退する場合も含む)を行うための技法であった。つまり、競技格闘様式などで見られる1対1を以って観衆の目前で行なわれる「決闘」のような、己の力量を誇示するものとは根本的に発想が違うと言うことである。

相手が1人の場合と相手が複数の場合では間合における技法の選択順序も異なる。

例えば1対1の素手同士の状況において、打撃→組み→投げ、倒し→固め(寝技)が可能でも複数の相手では、これは通用しない。

即座に相手との間合を調整できない寝技は複数の相手と戦う状況において「自殺行為」そのものとなる。

いうまでもなく寝技に気を取られている間に第三の相手から攻撃を受けることになるからである。また、立った状態でも長時間組むことになれば同じ結果を招来する。

したがって、複数の相手を想定する護身技法の選択は一般的に、打撃→ 投げ、倒し、瞬時に行なわれる極め技 →打撃と常に間合の確保された状態を優先した。

ちなみに、このように複数の敵を想定した上での打撃技法は、一撃で相手を制さなければ圧倒的優位な相手に仕留められてしまうという脅迫観念により終に「一撃必殺信仰」を生みだした。